清水っ娘、袴田事件を追う

清水生まれの23歳が袴田事件再審と関わりながら学んだこと。

【傍聴記】第7回公判:死刑にする覚悟があるか【袴田事件再審】

2024年1月17日水曜日。前日に引き続き、袴田事件再審第7回公判
今回も、西嶋先生の笑顔のような快晴。

この日は「東住吉事件」で無期懲役が確定したが、後に再審無罪となった青木惠子さんがいらっしゃっていた。公判前にひで子さんも駿府公園のほうにいらっしゃって、抱き合う姿が印象的だった。

午前10時ごろ。青木恵子さん、ひで子さん、小川先生

今回、私はまたもや当選!もう4回目である。
傍聴券をもらいに行ったところ、地裁の職員さんにも顔を覚えられているようだ(笑)

今回の公判は、弁護側から以下の3点についての主張。

(1)遺体の写真(縄の痕、暴行を受けた様子など)の提示(小川先生)
(2)自白について(田中先生、白山先生)
(3)5点の衣類の血痕の赤みについて(間先生)

皆様非常に素晴らしい弁論だった。西嶋先生が亡くなられてから、やはり弁護団の空気が少し変わったような、より一層張り切っている様子を肌で感じた。

今回、取調べの録音テープについては、検察が一番触れられたくない部分だろう。
だから、検察官3人がどのような表情をするか、じっくりと観察させてもらったのだが......なんだか他人事かのような、真面目に聞く気がないような、そんな感じに見えた。いったい、どのような気持ちで法廷に座っているのだろうか。

静岡地裁前の支援者たちの様子

ひで子さんと弁護団を送り出してから、私も裁判所内へ。

今回の所持品検査では、初めて、持っていたノートをぱらぱらめくって中身を見せるようにと言われた。

直感的に、遺影かな?と思って焦った。私は西嶋先生のいない法廷が心細いので、お写真をノートに貼りつけていたのだ。*1

私のノート。西嶋先生も法廷に連れて行きました

職員の方に尋ねると「USBとか何か隠し持っていないかどうか」とのことで、西嶋先生を見せつけても特に何も言われることはなかった。一安心。

第7回公判傍聴記

11時、定刻通り開廷。

(1)遺体の写真の提示

まず小川先生が、被害者の遺体に縄などが巻き付いていること、酷い暴行を受けていることから、怨恨目的の複数犯による犯行であり、袴田さんには不可能だということを再度主張。

遺体の写真を提示する前に、大きなモニターは消して、傍聴席からは見えないようにされる。そして小川先生が、写真を見せながら、首や腕などに巻きついた縄のようなものや、歯が折れていたり指の先端がなかったりといった酷い暴行の痕などを淡々と説明していく。

裁判官3人は、モニターに顔を近づけて食い入るようにじっと見つめていて、その表情は読めない。

一方の検察側は、画面を眺めながら首をひねったり、いやいやいや~という感じで苦笑いを見せたり、納得のいかない様子。また、「縄かどうかは弁護側の見解ですよね?」みたいな揚げ足取りの異議も何度か。

記者会見では写真を見ることができたが、縄っぽいものが見えるという程度で、絶対に縄だと言い切れるほどではないとは思う。そもそもあまり鮮明な写真ではない上、焼死体で黒く焼け焦げているので、少なくとも私には判断がつかない。

前日の静岡地検の記者会見では、「縄だとは判断できない」としていた。ここについてもし反論するのなら、もっと鮮明な写真が開示されるのだろうか。

(2)自白について

冒頭陳述

田中先生の冒頭陳述。相変わらず、美しく通る声に抑揚たっぷりで、説得力抜群の話し方。聞いていて惚れ惚れしてしまう。

まず大前提として、この事件は自白がなければ立件できなかったという点。

パジャマやくり小刀、雨合羽など、物的証拠は弱いものしかなかった。だから警察・検察は、必死で自白を取ろうとしたのである。いわば自白ありきの事件なのに、今回の再審では、検察側は自白を用いていない

取調べの録音テープが開示されたのは2015年のことである。

取調べの合計時間は約430時間に及び、開示されたのはそのうちの約47時間のみではある。しかし拷問のような取調べの実態や、袴田さんが自白へと落ちていく過程がまざまざと窺える。

確定審における取調官の虚偽証言も、録音テープから明らかになった。
取調官は、大声を出して威嚇したり、お前が犯人だと責め続けたりしたことはない、と確定審で証言していたが、その様子はしっかりと録音テープに残っている。

また、冤罪事件の虚偽自白の分析に多く携わってきた心理学者・浜田寿美男教授の鑑定でも、これは「無実の人の虚偽の自白である」と結論付けられている。

例えば、自白調書や録音テープには、真犯人ならば知っている情報を袴田さんが知らなかったり(=”無知の暴露”)、取調官が出した情報をもとに、袴田さんが自白を作っていく過程(=”逆行的構成”)が多く見られると分析される。

取調官が奪った金の預け先を聞く場面。
「○○(同僚の女性)か?」と名前を出した後に、「じゃあ家族か?」と続けて聞く。
そうすると、(家族に迷惑をかけられない......)という心理から、袴田さんは同僚の女性だと答えてしまう。そんな誘導が行われていくのである。

さすがは冤罪王国静岡のことだ。過酷かつ巧妙な取調べ方法がマニュアル化されていたのだろうか。

録音テープ再生

白山先生から、録音テープを実際に再生しながら、過酷な取調べの状況が説明されていく。私は、検察官の顔を観察する準備万端。

最初に流されたのは、袴田さんが逮捕された1966年8月18日の、逮捕前のまだ任意出頭時点のもの。激しく責める取調官に対し、袴田さんも強く反論している。

58年前の、生々しい取調べ音声が法廷に響き渡った瞬間、検察官3人が、(これはひどいな......)と呆れた顔をしたように見えた。

その後も、取調官が「お前がやったんだ」と責め立てたり、逆に反省するよう優しく諭したりと、あの手この手で自白を迫る音声が続く。

最初のほうは取調官にも怯まず言い返していた袴田さんの声は、次第に弱々しくなり、ほとんど聞こえなくなっていく
8月の炎天下に1日平均12時間だ。身も心も、すぐにぼろぼろになるだろう。

8月29日の捜査会議で、何としてでも自白を取るという方針が打ち立てられ、取調官も4人から6人に増員された。ここから、勾留期限の9月9日に向けて、取調べはさらに熾烈をきわめることになる。

県警の資料には、
「取調官は確固たる信念を持って、犯人は袴田以外にはない、犯人は袴田に絶対間違いないということを強く袴田に印象づけることに努める」
「事件後50日間泳がせてあったため、警察の手のうちや、新聞記者との会見などから犯人は自分ではないという自己暗示にかかっていることが考えられたので、この自己暗示を取り除く」
など、何とも不自然な文言がある。少なくとも、袴田さんが真犯人だと警察が本当に信じているのなら、このような書き方にはならないだろう。

9月4日の取調べ時間は、実に16時間以上にも及ぶ。
その中で、袴田さんをトイレに行かせない発言と、取調室内に便器を持ち込む様子が録音されている。

そして9月6日、ついに自白を始めた日だが、取調べ時間14時間40分のうち録音は10時間で、肝心の自白に落ちた瞬間の録音はない。取調官が証言する、”涙をこぼしながら「私がやりました」と言った”という場面は、なぜか存在していないのである。

これらの取調べの録音を聞きながら、検察官は、肘をついたり首を傾げたり苦笑いをしたりしながらモニターを眺めたり、急にきょろきょろと法廷内を見渡したり、何を書いているのかメモを取ったりしていた。

この音声だが、昔のきつい静岡弁と音質の悪さのせいで、モニターに映している文字起こしがなければ、おそらく全く聞き取れない。

つまり、少なくともモニターから目を離している時間は、検察官は音声を聞いていないはずなのである。全体的な印象としても、三人とも真面目に録音を聞こうとしているようには見えなかった。

他人事じゃねえんだぞ。と思わず言いたくなった。

検察官の様子を観察するのに忙しかった私には、録音テープの内容はほとんど聞き取れていない。

しかしふと目に入ってきて印象に残った台詞がある。8月21日の検事による取調べである。

「君を恨んで君のパジャマに血を塗りたくったり、油をつけたりするような人間はいないわけだ。なあ?」

(3)5点の衣類の血痕の赤みについて

冒頭陳述

間先生による冒頭陳述。その中で、「巖さんは無罪です」と何度も力強く訴える間先生の声が、法廷に朗々と響き渡る。

そして、「5点の衣類が、(みそが仕込まれる)”1966年7月20日以前にみそタンクに入れられていた”という事実を証明できなければ有罪にならない」として、検察側の「”血痕に赤みが残る可能性がある”という程度の立証では不十分」と、威圧するように高らかに述べた。

また、5点の衣類についてはすでに決着がついているにもかかわらず、理不尽に再審を長引かせていることを激しく糾弾し、最後にまた、「巖さんは無罪です」と締めくくった。

私の記憶の限りでは、確か他の先生方は「袴田さん」と呼んでいた気がするのだが、「巖さん」という呼び方に心があたたかくなる。

また、この冒頭陳述の際はモニターを消していたのだが、それもあえてなのか、自然と間先生のまっすぐな姿勢に目を奪われる。検察・裁判官を圧倒するような、素晴らしい冒頭陳述だった。

みそ漬け実験結果

次に、支援者らが行ったいくつかのみそ漬け実験と、検察側が行ったものも合わせて9つの実験を紹介。様々な条件で実験を行っても、いずれも血痕に赤みは残らないということを改めて主張。

支援者・弁護団による主なみそ漬け実験の報告書は、弁護団のホームページから見ることができる。以下、写真を転載している。

これは、血液をつけた衣類を、市販の赤味噌に1年2ヶ月間漬けた実験の結果である。

1年2ヶ月味噌漬け実験報告書 | 袴田事件弁護団ホームページ

1年2ヶ月間みそ漬けにした衣類の様子

そしてこちらは、事件当時に製造されていた味噌にできるだけ似せて、原料から味噌を製造し、血液をつけた衣類を6ヶ月間漬けた実験の結果である。

再現仕込み味噌・味噌漬け実験報告書 | 袴田事件弁護団ホームページ

再現仕込み味噌に6ヶ月間漬けた衣類の様子(血液付着後24時間経過後の衣類)

これらの実験を見るだけでも、みそタンクから発見した従業員らが、一目見ただけで「血の付いた衣類」と判断できるようなものではないことは、火を見るより明らかだ。

検察側も実験を行っているが、なるべく血痕が赤く保てる好条件下のもと、赤みが増して見える白熱電球の下で写真を撮影している。

しかし、それでもほとんど黒に近い色になっており、5点の衣類のカラー写真とは別物である。弁護団や裁判官が実際に見たところ、赤みが残らないことが確認されている。

化学的機序

そして、この実験結果を裏付ける、化学的根拠をじっくりと解説。
難しい話にはついていけなかったので、私がたぶん何となく理解できた範囲でおおまかに。

①弱酸性+塩分

仕込み中の味噌は、ph5くらいの弱酸性10%弱の塩分濃度である。その環境下では、血液を赤く見せているヘモグロビンが破壊され、血液は黒褐色になるという。

②ヘモグロビンの酸化

また、体外に出た血液は、ヘモグロビンの酸化によってだんだん黒くなっていく。
たとえみそタンクの底に入れたとしても、酸化するのに十分な酸素はあるらしい。

③メイラード反応

メイラード反応とは、糖とタンパク質が反応して茶褐色になることである。味噌はまさに、大豆と米などのメイラード反応を利用して作られている。
そして、同じタンパク質である血液も、糖によってメイラード反応が起こり、茶褐色に変化するはずだという。

このような専門的なデータを綿密に説明された。これはさすがにぐうの音も出ないだろう。

16時50分頃、閉廷。

記者会見

この日の記者会見は、なんだか少し異様な空気になった。先生方のマスコミ批判などに何度も拍手喝采、支援者が発言する場面もあり、大いに沸いた。

間先生は、「すでに終わった話をぶり返して、理不尽に長期化させる再審のやり方は許せない」と述べ、「ねつ造の可能性が高いことは、再審請求審ですでに裁判所が認めている。このことを留意した上で報道していただきたい」と記者たちに訴えかけた。

角替先生も、「再審請求審の蒸し返しの無駄な議論を、裁判所が検察に許してしまっている。マスコミの皆様は世論の力で、検察に期日を設けさせないくらいの意気込みで報道してほしい。それならやった意味がある」と記者たちに訴えた。

そして、「1年近く再審を行って、裁判官が真に迫った判決を書いてくれなければ、無駄な時間を過ごしたとはっきり書いてもらいたい。無罪判決を出したというだけで裁判官を評価しないでほしい」と言い放ち、支援者からは「そうだ!」と声が上がり拍手が沸き起こった。

支援者の山崎さんも、「いったいこの事件の本質は何なのか。ひで子さんと巖さんが長生きしてくれたから白日に晒されているが、亡くなっていたら死人に口なしになる。報道陣の責任もある」と語る。

私も、失礼を承知で言わせてもらうが、マスコミの方々には、もっと踏み込んだ報道をしてもらいたいと常々思っている。

この事件は、今回の公判ではこういう主張をしました、無罪判決が出ました、ハイ終わり、ということではない。無罪判決は決してゴールではなく、むしろスタートでもあり、私たちはもっと根源的な問題に目を向けるべきなのである。

記者会見冒頭で、ひで子さんは「素晴らしかった」と弁護団を評価し、「もう一山も二山も三山も越した。勝利は目に見えております!」と満面の笑みを見せた。

しかし、記者の方は、「取調べの録音テープは私たちが聞いても辛かったのですが、姉としてどう思われましたか?」みたいな、お涙頂戴発言を引き出すような質問ばかり繰り返す。

まあ、ひで子さんはそんな手には乗らない「今さら巖がかわいそうだどうのこうの言うよりも、2014年3月27日に巖が出てきたことのほうが大きい」とばっさり切り捨てる。

ひで子さんは前しか見ていない。無理矢理に後ろを向かせるような質問はやめていただきたい、と私はずっと思っている。

弁護団への質問も、だいたいは事務的なものばかり。記事を書く上で内容に齟齬がないかの確認だったり、次の公判の予定についてだったり。いったいこれは何のための記者会見なのか、と感じるときがある。

まあ、なかなか難しいのはもちろん承知の上で、偉そうにすみませんなのだが、ただでさえ少ない傍聴席の半分を占領しているからには、巖さんやひで子さん、弁護団の先生方や支援者の方々の思いを胸に刻んで報道していただきたい。

本音をちょっとだけ。

ではここから、私が一般の傍聴人として少しだけ本音を言わせてもらう。
私は何者でもないし、ここは別に誰が見ているわけでもないので。たぶん。

検察官3人へ。もう一度言う。他人事じゃねえんだぞ

もちろん、事件発生当時の責任は今の検察官にはないし、どうせ上から嫌々押し付けられているだけだろうから、私もある程度は同情的に見るようにしてはいる。

しかし、今、改めて巖さんを死刑にしようとしているのはあなたたちだその重みを一生涯背負っていく覚悟があるか

せっかく優秀で、たくさん勉強して検察官になったのに、正義に反する仕事をして幸せですか。さも正義ぶって、つんと澄ました顔で有罪立証をして楽しいですか。そこまでして守りたいものっていったい何ですか。検察の面子?お金?家族?

それとも、腐った組織に属しているうちに、正義なんてものは忘れてしまうのですか。自分たちのしていることが見えていますか。あなたたちにとって、この裁判は何なのですか。人一人の命も時間も、どうでもいいものですか。判決が出ればスパッと忘れてしまうようなものですか。

冗談じゃない。私なら、自分の正義に反することをしなければならないのなら、自分の正義自体を失うのなら、すべてを投げ出してでも逃げる。

裁判官もまた然りで、なるべく公正な審理を行おうとしているのはわかるが、どうしてこう臆病なのか。

法廷という場のどこまでも保守的な空気は、どんよりとしていて息が詰まる。

 

ふぅ......。まあ、こんなところで(笑)

そんな中でも、諦めず闘い続けてきた方々のおかげで、もう半年も経てば巖さんに真の自由が訪れる。それはもちろん、この上ない素晴らしい喜びだ。

そして、それを機に、この凝り固まった司法制度に少しずつでも風穴があくことを切に願っている。

次の公判は2月14日、15日。
14日の午前中は弁護側から裏木戸とお札などについての主張、その後は検察側、15日の最後に弁護側から反論、とのこと。
その次は3月25、26、27日、証人尋問に入る。

次回は私がチョコを配っているかもね......?

*1:2枚目上の写真は、袴田巌さんに一日も早い無罪判決を | 全国革新懇ニュース | 全国革新懇からダウンロード、印刷して使用させていただいております。