2024年3月25、26、27日の3日間、袴田事件再審第10回、11回、12回公判。全15回の公判も終わりに近づき、いよいよ最大の山場となる証人尋問の日がやってきた。
1日でも見られればいいな…くらいに思っていたのだが、なんと1日目も3日目も当選してしまった。これで6回目と7回目の傍聴になる。徐々に恨まれつつあるのをひしひしと感じながらも、今回も元気に傍聴して参りましたので、傍聴記を書かせていただきます。
証人尋問を終えて、これで完全に勝ったな、という確たる手応えを感じました。弁護側証人が淡々と述べる一方で、検察側証人が墓穴を掘りまくり、いったい何のための証人尋問なのかよくわからないほど。笑いどころ盛りだくさんで、シンプルに楽しませていただきました。
恐縮ながら、この三日間毎日横断幕を持たせていただきました。反対側を持っているのは、なんと小学校を卒業したての12歳!東京住みの傍聴マニアで、将来の夢は裁判官とのこと。春休み期間で、青春18きっぷで毎日通っていた。話していて明らかに感じる知性に、一回り近く年上のお姉さんはちょっと凹みました。
繰り返すようだが、証人尋問は本当に面白くて、ぜひ皆さんに見ていただきたかった…。だからせめて、雰囲気だけでも味わっていただけるよう、なるべく法廷の様子を再現したつもりです。
※メモと記憶のみを頼りに書いているため、証言の内容や化学的な理解など、間違っている部分も多いかもしれませんがご容赦ください。雰囲気のみで楽しんでいただけますと幸いです。
傍聴記
1日目は、検察側証人の法医学者、池田教授と、途中までとなってしまったが神田教授への尋問。
この池田教授が、とにかく大暴れしてくださった。ほとんど弁護側の主張を口にしては、法廷に衝撃が走る。
11:00 開廷
検察側・弁護側両方に各二人ずつの証人が座り、いつもと少し変わったピリピリした空気を感じる。検察側はいつもの3人に加えて、新しい男性検事さんが一人増えた。元々の3人はやる気がなさそうなのに対し、この方は火力強め。嫌味っぽい口調で弁護団に突っかかっていく。
検察側証人①:池田典昭先生(九州大学名誉教授)
まずは池田教授への尋問から。池田教授は、共同鑑定書を作成した7人の法医学者のメンバーでもなく、意見書を出しただけにすぎないというのだから驚きだ。しかし険しい顔で証言台へと進む。
主尋問(検察側)
検察官から、まずは経歴等の確認がされる。
検:「法医学に携わってきた経験、ヘモグロビンの知見について教えてください」
池:「50年ほど法医学に携わってきてですね、法医学というのは、昔は血液学を主にやるもんですから、もちろんヘモグロビンについての知識はあります。特に、私は昔はピンク歯の研究をしてましてね、それでまあ赤ということで、それはヘモグロビンなのではないかということで実験をやってみまして...」
いきなり超早口のマシンガントークが始まり、あまりの勢いに圧倒される。焦っているのか何なのか、とにかく喋る喋る。
検:「高裁の再審開始決定についてどう思いましたか」
池:「血痕を放置すれば黒くなる、これはもちろん常識です。ただ、化学的に見ると、赤みが残る“可能性はない”という決定は、いかがなものかなあ、と思いました。なぜかというと、もし1年2ヶ月みそ漬けにされていたのなら、赤みが残る可能性はない、絶対にないと思います。ただ、麻袋に入っていたのなら、中の衣類までは断定できない、そこに違和感がありました」
どんな屁理屈を並べるつもりなのかと期待していたのに、あまりにも反論がふわふわしすぎている。「黒くなるのが常識」発言には、私はまあそう言うのだろうくらいに受け止めていたのだが、弁護団の記者会見で小川先生が「聞き間違いかと思った」と述べられるほどの衝撃発言だったようだ。
検:「”赤みは残らない”という(弁護側)清水教授の鑑定についてどう思いましたか」
池:「法医学者なら全員が同意すると思います。普通は赤みは残らない、それは常識中の常識です。ただ、他の阻害因子とかについて書かれてない、そのあたりも書いていれば、もっと良いものになったんじゃないかと思いますね」
検:「どうすれば血痕の赤みについて証明できるでしょうか」
池:「私なら、まずはみそ漬け実験をしますね。問題はそれからです。事件当時の本当の状況はわからないから、実験の結果黒くなったからといって何か言えるというわけではないですが、まあ、まずはやってみたいと思います!」
検:「実験をする際に着目すべき点は」
池:「本来なら赤みが残るはずはない!でもそれが残ったというのなら、その原因を見つけなければいけないと思います」
「私なら!」ばかり繰り返されても...。威勢よくおっしゃっていますけど、口だけなら何とでも言えますからね。いったい何のために呼ばれているのか。
検:「清水鑑定では血痕を使っていないという点は」
池:「清水先生は日本でも最も優秀な法医学者のうちの一人ですので。弁護側から血液が黒くなる原因を究明しろと言われているから仕方ないかと。ただ、やはり阻害因子についてはもっと考察すべきだったと思います」
検:「(弁護側証人)石森教授のヘモグロビンの酸化という鑑定については」
池:「私も!法医学的に特段問題があるとは思えません!ただ、みそ漬けという特殊な環境下において、そのまま使えるかどうかは疑問に思います。本来黒くなるものが赤く残ったというのなら、その阻害要因を考察するべきです」
攻撃は「阻害要因」の一本槍で、弁護側証人の主張を決して否定はしない。否定できない、が正しいのだろう。検察への迎合と、法医学者としての矜持の間で、ひどく葛藤しているのが見て取れる。たぶん、そんなに悪い人ではないんだろうな。苦しそうで同情してしまう。
検:「麻袋の影響は」
池:「麻袋内の中心部には酸素や水分が到達しなかったから、赤みが残ったのではないかと私は考えまして。衣類は味噌に漬かっていたようには見えない。“みそ漬け”ではなく“1年以上味噌の中に放置されていた”が正しいのではないかと思います」
検:「衣類がみそ漬けされていたかどうかに疑問があるということですか」
池:「衣類は生地が白く残っていて、発見時にはたまりがポタポタ垂れていたと聞いたので、おかしいなと思いました」
え!?それ言って大丈夫なの…!?
ぱっと検察官の方々に目をやると、案の定、一気に凍りついた様子。これにも弁護団にも衝撃が走っている様子で、小川先生なんかは楽しそうにけたけた笑っている。
そんな法廷の空気には気付かないまま、とにかく早口で喋り続ける。
池:「実は私の父は清水出身でして。お盆は清水の父の実家に帰っていましたが、清水なので白味噌を作っていました。ただ母は刈谷の出身なので赤味噌で、仲の良い両親でしたが、そこだけは相容れない部分でしたね。正月は刈谷のほうに帰るのですが、刺身を食べるときなんかに、たまりを取ってきてとよく言われましてね、上にあるたまりをすくったものです。だから、ポタポタしていたというのは、水分に浸かっていたということではなくて、取り出すときに、上にあったたまりがついただけという可能性もあるのかな、なんて考えまして」
呑気に味噌の思い出を語っている証人の横で、検察官が呆然とした様子で立ち尽くしている。証人選び間違えた...!と頭の中で悲鳴を上げていそうだ。
検:「”1年以上みそ漬け”という前提が違うということですか」
池:「そうです!そもそも前提がわからなさすぎる。幅が広すぎて、わかるわけないじゃないですか!血痕が赤いからどうとかは、法医学的には言えません」
検:弁護側がねつ造と主張していることについては
池:「えー...。清水鑑定については、ほとんどすべての法医学者が正しいと言うと思います。ただ、“赤みが残らないからねつ造”というのはおかしい。そんなに軽々しくは言えないと思います」
ねつ造の可能性に関しても、否定するというよりは、もっと吟味すべきだというふんわりとした主張。いったい検察側は何のために呼んだのかさっぱりわからない。法医学者として弁護側につきたい気持ちと、検察側証人としての使命の狭間でもがいているようだ。
大いに法廷をかき乱していただいたところで、弁護側にバトンタッチ。
反対尋問(弁護側)
弁護側は、まずは間先生から。
すらっとした姿勢に精悍な顔立ち、優しいハスキーボイス、法廷に立つ間先生って、何か言葉では言い表せないオーラがありますよね~。
間:「普通に考えれば、1年2ヶ月味噌の中にあった血痕に赤みは残らない、という認識ということででよろしいでしょうか」
池:「まあ、ぬか漬け状態ならそうですね」
法廷内のおそらく全員の頭に、(ぬか漬け...???)が浮かぶ。裁判長も困惑した様子で、すかさず質問する。
裁判長:「すみません、ぬか漬けってどういう意味ですか...?」
池:「まあ麻袋に入ってない状態、ぬか漬けのなすやきゅうりみたいな...」
間:「えっと...なすやきゅうりっていうのは...」
池:「えー、まあ、剥き出しの状態で、完全に味噌に漬かっているような...」
急なぬか漬け発言のせいで、初っ端から迷走する反対尋問。厳粛な法廷で、大真面目にこんなやりとりがされると、じわじわと笑いがこみ上げてしまうのです。
気を取り直して次の話題へ。
間:「5点の衣類の、生地の白さについてどう思われましたか?」
池:「最初に見たときは違和感がありましたが、特に何も言われなかったので、別に争点じゃないのかなと思いました」
間:「白すぎる、と思いましたか?」
池:「いや!そうじゃなくてね!?」
ほとんど自分で言っちゃってるのに、核心を突かれると食い気味で否定する。主尋問とは打って変わって、弁護側に対してはやたらと攻撃的。ギリギリのところで何とか回避しようとして、発言がグネグネと揺らぐ。
間:「先生のお考えですと、発見直前に入れたと考えるのが自然なのではないですか…?」
池:「いや!......えー、あー、あのー、......別に、直前だとも思わないし、1年2ヶ月だとも思わない、何とも言えないです」
直球の質問に明らかに言葉が詰まる。間先生もさすがに苦笑い。
間:「清水・奥田鑑定における、血液が黒くなる化学的機序には異論はありますか?」
池:「いや!......うーん、あのー、......血痕中の血液に関しては、正しいと思います。ただ、血痕に対しては言えないと思います」
とりあえず何か噛みつこうと、「いや!」と否定から入るのに、その後がどうしてもしどろもどろで上手く続かない様子。
昼休みを挟み、午後も間先生による尋問が続く。
根気強く冷静に質問攻めにしていく間先生に、池田教授は言葉を詰まらせ、結局は実際のみそタンクの状況がわからない以上は何とも言えないというところに逃げていく。
間:「実際の5点の衣類について、検察からどのような説明を受けましたか?」
池:「まあ、麻袋に雑把に入れて、犯行(※1966年6月30日)からみそが仕込まれる(※7月20日)までの20日くらい?の間に味噌に入れたとしか聞いてません。そう理解してます」
間:「味噌についての知見はどれくらいありますか?」
池:「調書は読みましたし、家で作ってもいましたから、ある程度の知識はあるかと」
間:「血痕の酸化が進まなくなる酸素濃度はどれくらいでしょうか」
池:「いや厳密にはわかりません!えー、ただ、まあ、私は窒息を専門にやっていましたから......、酸素の供給がなければ、そのうち酸化は止まる、それは確かですが...」
間:「それまでにかかる期間はどれくらいでしょうか」
池:「…いやあ、なんですかね、うーん......」
少し沈黙したあと、急に声を荒げる。
「いや、私は赤みがなぜ残るかの検討をしたほうがいい、と言っているだけであって、検討したとは言っておりませんので!」
あまりにも清々しい、見事な開き直りだ。びっくりする。
池:「私も50年ほど法医学に携わっていますから、物証に赤みが残るか残らないかで対立しているなら、そのどちらも究明しなければいけない、そうしなきゃ証拠としては何も言えないですよ!」
間:「弁護側・検察側双方が鑑定をするということですか」
池:「いやですから私が頼まれればできるだけ実験をしたと申していまして、まあ私にできるかどうかはわかりませんけども、口で言っているだけと言われるかもしれませんが、私ももし清水先生や奥田先生のように現役ならやったのになと」
この日一番の早口長台詞!滝のように言い訳が溢れる。
間:「検察が行った実験についてはどう思われますか」
池:「中途半端な実験だと思います。やるなら法医学者を呼べばいいのに。私ならちゃんとやったのに、と思います」
間:「中途半端というのは?」
池:「環境が違う。麻袋に入れられてないし、味噌、衣類、血痕の大きさも比例していない。法廷の証拠にはならないものだと思います」
基本的には、ずっとたらればばかり言っている。でも池田教授なら、少なくとも検察に言われた通りの嘘の鑑定書は書かない気がする。たぶん正直者だし、法医学者としての誇りを持っている方だ。私はもう池田先生が好きになってきていた。
間:「“赤みが残らないからねつ造”ということが納得できないということですね」
池:「いや……ちが......、だからね、赤みが残っているものが実際にあるというなら、その要因をもっと究明しなければ何も言えないのではないかと、それを言ってるんですよ」
池田教授は、「味噌の中に1年2ヶ月入れても血痕の赤みが残っている衣類が実際に存在する」ことを前提にしているせいで、弁護側とは話が平行線になってしまう。まさか検察側証人がねつ造だとは言えないだろうが、明らかに言い分が矛盾していることは気付いているだろう。
ここから、弁護側は笹森先生に交代。笹森先生、ものすごく悪い笑顔をしていて素敵です。主尋問のときからずっとニヤニヤされていたこと、私は見逃していませんよ。
まずは単刀直入に。
笹:「単純に、1年2ヶ月もの間味噌に入っていたら、血痕は黒くなると思いませんか」
池:「まあ、普通に考えればそうなりますね。仮に7月20日に入れられたのならその時点ですでに黒くなっているはずですから、赤みが残ったというなら、血液が赤い頃、犯行直後に入れられたのだと思います」
ここから笹森先生が、おそらく、一度黒くなった血痕が、味噌から取り出したあとに赤くなることはあるか、という趣旨の質問をしていたのだが、なかなか会話が噛み合わず。だんだん苛立ってきた池田教授が、笹森先生に対して、「だから!あなた頭悪いですね!」と…!
ちょっとちょっと、うちの笹森先生に何言ってくれてるんだ!!抗議したくなったが、当の笹森先生はむしろ楽しそうにニヤニヤしている。
笹「弁護側は、14回のみそ漬け実験で血痕は黒くなったとしていますが、これは根拠にはなりませんか」
池:「清水先生の実験以外は話にならないですね。まあ自分でやってないので何とも言えないんですけど、意味のない実験だと思います」
いやいやいや、皆様がどんな思いで実験を繰り返してきたか...。さすがにこれは許しません。
笹:「検察のみそ漬け実験は評価していいものですか」
池:「いや、あの、その、もっといろいろ条件を変えて、赤みが残る原因を究明しないと...」
もう、見苦しいよ。
びっくりするような発言も多いが、たぶん悪い人ではないというのがよくわかる。もし弁護側の証人だったら、きっと良い働きをしてくださったんじゃないかなあ。
補充尋問(裁判所)
裁判官から、改めて主張を確認するためにいくつか質問。
裁:「5点の衣類に、一般論をただちにあてはめるべきではないということですか」
池:「その通りです。一般的には誰がやっても同じことを言うと思います」
裁:「赤みが残る可能性はない、という意見についてはどう思われますか」
池:「結論自体は良いと思いますが、検証が足りてない。もっといろいろやるべきだと思います」
一般的に誰でもそう言うなら、もうここでは十分なんですよ…。
14時半頃、池田教授の尋問が終了。池田教授が盛大に暴れてくださったおかげで、すでに検察側に敗北ムードが漂う。検察側にとっては、証人尋問を行ったことは失敗だっただろう。池田教授が、法医学者としてまあ信頼できるということは伝わってきました。
次に、もう一人の検察側証人である、法医学界の重鎮で共同鑑定書メンバーの長、神田教授への尋問へ。
長くなったので、続きは後編で。ありがとうございました。